伝肇寺は小田原市城山の中腹にある小さな寺院です。
1300年無極斉が草庵を結び、1383年浄土宗列祖良肇上人が開山し、創建されました。
関東初の念仏道場となります。
また戦国時代には北条氏直が当寺の十世底牛和尚に深く帰依し、2万数千坪の寺領地と朱印状数通与えられた名刹寺院です。
当寺の第三世道譽上人、四世感譽上人はのちに大本山増上寺の九世、十世の法主となりました。
また、関西から紫衣勅許の際には当寺の添状を要しました。
これらのことから『立身出世』のお寺としても知られています。
大正時代には寺の境内に、童謡作家北原白秋が「みみづくの家」を建て、約8年間住んでおりました。
1200編の作品のうち約半数は、この地で作られたと伝えられています。
「あかいことり」「ゆりかごのうた」「あわて床屋」「この道」など一度は口ずさんだことはあるのではないでしょうか。 「かやの木山の」かやの木は、今も境内にあり、大きな枝が空へ伸び、今も境内をやさしく見守ってくださっています。
関東大震災後、白秋は小田原を離れ、境内も倒壊し廃寺寸前となりました。
昭和に入り、その旧蹟を惜しみ、 浄土宗の「近代法式の祖」、「緑山声明中興の祖」増上寺顧問を歴任し、のちに増上寺執事
長となり、最高位である法務大和尚に列せられた第三十五世千葉満定が再建しました。